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【アンダーニンジャ考察】果心居士考察|明治維新前70~80年周期で起きたこと

アンダーニンジャ
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本ページにはネタバレが含まれます。

170話時点の考察です。


今回は果心居士の「70~80年周期」がテーマです。

アンダーニンジャの舞台は2020年代。前回は1945年の第二次世界大戦、その前は1868年の明治維新で目覚めたとされています。さらにその前はというと、作中で雲隠十郎が「自分で調べろ」とのことなので、調べてみました。

果たして70~80年周期で何が起きていたのか?または起きていなかったのか?

果心居士の70~80年周期とは?

まず前提ですが、果心居士は忍者組織のトップにいる黒幕・ラスボスと思われる人物です。70~80年周期で目覚め、日本あるいは世界に災害をもたらします。

前回は第二次世界大戦、その前は明治維新です。明治維新(日本)→第二次世界大戦(世界規模)と徐々に影響範囲が広くなっており、次は世界を滅ぼすかもしれないと神隠一族の宗主は考えています。

今回は史実で果心居士が現れたとされている1500年代後半まで遡ってみます。
基点は明治維新の1868年とします。

「コイツはなぜか70~80年周期で目覚める」👇

70~80年周期で起きたこと

1周期前『天明の大飢饉』

まず1周期前です。1868年を起点にすると1788年頃が80年前になります。

歴史上、1782~1788年にかけて「天明の大飢饉」が起こっています。冷害や浅間山の大噴火などが重なり、東北地方を中心に深刻な凶作と飢饉が発生しました。全国的にも大きな影響があり、多数の餓死者が出たほか、各地で百姓一揆なども起きています。

特に1783年の浅間山噴火は大きな被害をもたらしており、この時期の天候不順とあわせて飢饉を深刻化させたとされています。

その前の1786年には田沼意次が失脚しています。田沼は商業・流通を重視する政策を進めた人物で、幕府の財政再建にも取り組みましたが、天明期の飢饉や政争などの中で政治的な影響力を失っていきました。

その後、松平定信による「寛政の改革」が始まり、幕府は倹約や統制を重視する方向へ進んでいきます。


天明の大飢饉は1868年の80年前の1788年にギリギリ重なります。

ただ、ここは少し面白いところで、1868年と1788年が完全に同じ出来事というわけではありません。明治維新は政治体制が大きく変わった年であり、天明の大飢饉は自然災害を中心とした社会的混乱です。

それでも、作中で果心居士が「目覚める」タイミングを、ある出来事が発生して社会が大きく揺らぐ時期と考えるのであれば、周期としてはかなり近いところにあります。

そして、その後に寛政の改革が始まり、幕府が体制を立て直していく。

明治維新、つまり幕藩体制の終わりと近代日本の形成につながる出来事の、そのまた前段階にあたる時期とも考えられます。

果心居士が意図的に社会を動かしているのであれば、まさに幻術師の力になります。

2周期前『宝永地震』

次に2周期前です。1708~1718年頃が目安になります。

ここでも大きな出来事である1707年の「宝永地震」と富士山の噴火が発生しています。

宝永地震は1707年10月28日に発生した巨大地震で、南海トラフ沿いの大地震と考えられています。地震から49日後の12月16日には富士山が大規模に噴火しており、江戸方面にも大量の火山灰が降りました。農地などにも大きな被害が発生しています。

その前には1701~1702年に「元禄赤穂事件」が起きています。

これは赤穂浪士47人が江戸・本所の吉良邸へ討ち入りをするという、現在でいうところの大きな殺傷事件です。ただし、当時はすでに江戸時代であり、戦国時代ではありません。主君の仇である吉良上野介義央を討つという、いわゆる仇討ちとして起きた事件です。

そして地震・噴火の後には、1716年から8代将軍徳川吉宗による「享保の改革」が始まります。これは幕府の財政や政治を立て直すための改革で、倹約や新田開発、年貢制度の見直しなど、さまざまな政策が行われました。


2周期目も宝永地震という、とてつもない災害が起きています。

前回の飢饉と同様に自然災害になりますので、もちろん果心居士が意図的に起こせたかは疑問になります。ただ、70~80年周期という視点で見ると、またもや大きな災害が近い時期に発生しているのが興味深いです。

しかも、その前には元禄地震も起きており、大きな出来事の前にさらに別の災害や社会的事件が重なっています。
さらに1周期前と同じように、災害や社会的混乱の後には幕府による立て直しが起きています。

果心居士による災害の発生→社会の混乱→果心居士の眠り(封印)→政府や国家の立て直し。
この流れが、すでにこの時代から出来上がっていたようにも見えます。

「困ったもんだ あの方には・・・・」

3周期前『鎖国と江戸幕府』

3周期前です。1628~1638年頃です。果心居士の出現時期を考えるのであれば、ここが果心居士の最初の暗躍になります。

まず1630年代には、幕府による海外渡航や貿易などへの統制が強化され、いわゆる「鎖国」体制が形作られていきました。

一般的には「鎖国」と呼ばれていますが、当時の日本が完全に海外との交流を断っていたわけではありません。長崎・対馬・薩摩・松前などを通じて、限定的ながら海外との交易や外交関係は続いていました。

この体制はその後長く続き、19世紀にペリーが来航すると、日本は開国へ向けて大きく動き出します。

そして、この時期に起きた大きな事件の一つが、1637~1638年の「島原の乱」です。
これは江戸時代初期に起きた大規模な民衆蜂起で、重い年貢負担などへの不満に加えて、キリシタンへの弾圧なども背景にありました。最終的には幕府によって鎮圧されています。


またもや民衆の反乱や、後の日本の方向性を大きく変える重要な出来事が起きています。
思えば、この時期に形作られた鎖国体制は、その後200年以上にわたって続くことになります。

もちろん、これだけで「果心居士が鎖国を起こした」と考えるのは無理があります。

しかし、果心居士の出現時期からして、これが最初の果心居士による歴史への影響だと考えるのであれば、かなり大きな出来事です。

しかも、それが明治維新までつながっている。
偶然にしては出来すぎている気がします。

もちろん70~80年周期で範囲指定しているので、それ以外の年代にも当然重要な出来事は起きています。

ただ、100年ごとにぴったりと重大な出来事が起こるというような周期ではなく、70~80年程度の幅を持たせて見たときに、日本史上の大きな出来事がいくつも重なっているのは、やはり気になります。

果心居士出現

果心居士が出現したのは1570~1580年代です。

この年代で有名な出来事は、1582年の本能寺の変による織田信長の死、豊臣秀吉による天下統一、そして1600年の関ヶ原の戦いを経た徳川家による江戸幕府の成立です。

70~80年周期には該当しませんが、果心居士が登場したとされる時期から、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という3人の天下人の時代へ大きく移り変わっています。

この時代自体が日本史の大きな転換点なので、果心居士と結びつけてよいのかは分かりません。
ただ、果心居士が歴史の裏側で暗躍していたという作中設定を考えると、ここから先も非常に気になるところです。

まとめ

まとめると下記です。

周期年代目安主な歴史的事実・出来事果心居士による影響(考察)
現代1945年第二次世界大戦(太平洋戦争終結)世界規模の惨禍・日本の敗戦と再編
0周期(基点)1868年明治維新幕藩体制の崩壊・近代国家への移行
1周期前1780年代天明の大飢饉・田沼意次の失脚・寛政の改革自然災害と社会混乱、幕府の立て直し
2周期前1700~1720年代宝永地震・富士山宝永噴火・享保の改革大災害と社会的混乱、幕政改革
3周期前1630年代島原の乱・「鎖国」体制の形成社会の大きな変化と長期的な国家体制への移行
出現期1570~1580年代信長台頭・本能寺の変・秀吉の天下統一史実上の登場時期、天下人の時代への移行

あとがき

偶然にも思えないような出来事が70~80年周期で発生しています。
もちろん、70~80年という幅を持たせれば、歴史上のどこかには大きな出来事が見つかるという考え方もできます。
なので、これだけで果心居士が本当に歴史を動かしていたとは言えません。

ただ、災害が起きる→社会が大きく揺れる→その後に政治体制が変化する、という流れが何度も見えてくるのは、個人的にはかなり気になります。
さらに前にも何か起こっているのではないのか?

果心居士に関係なくなるので、またの機会で調査したいと思っています。

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